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会計監査とは①情報の責任は当事者に

今日は会計監査とは何か、ということをご説明したいと思います。

といっても、今回の話は非常に抽象的なレベルでの説明になり、だからこそ「情報の信頼性とは何か」というこのブログの核心部分につながる話になります。 

そしてその前に、そもそも会計とは何でしょうか。

例えば大学のサークル活動を想像してみてください。テニスサークルでも音楽サークルでも、活動のための資金は基本的にメンバー一人一人の会費に依っているのが普通でしょう。そこで多くのサークルには会計係がいると思います。

一体メンバーからどれだけのお金が集まって、どんな風に使われたのか。そしてどれだけ余っているのか。それなりに規模の大きなサークルであれば、そうした会計報告を行っていることが多いと思います。これが会計の本質です。難しいことはありません。

これが企業の活動となるとどうでしょうか。会社を運営しているのは経営者です。そして、会社にお金を出しているのが株主と債権者です。まず、経営者と株主及び債権者との間には受託者と委託者の関係が成り立ちます。株主や債権者は経営者に対して一定の信頼の下にお金を出資し、経営者は委託された資金を適切に運用して株主に配当を出したり債権者に利息を支払ったり、借入金の返済をすることが求められます。委託された資金が適切に運用され、経営者が受託責任を適切に果たしていることを示すために会計報告が必要となるのです。

 

さらに言うと、株主の配当は会社の利益から支払われるので、もし会社が利益を出していないのに不当に株主に配当が支払われた場合、債権者に対する利息の支払いや借入金の返済が滞る可能性があります。この場合も、会社の経営成績ーどれだけ儲けたかー、財政状態ー会社にどれくらいの資産や負債があり、株主に帰属するのはいくらかーといった会計の情報が適切に報告されることによって、互いの利害対立が解消し、会社にとっては円滑に資金が調達できるようになるのです。

こうした、経営者、株主、債権者間の利害対立を解消する会計の役立ちを利害調整機能と呼ぶのです。

 

さて、ここから会計監査へのつながりはもうお分かりでしょう。この会計報告は信頼できるものでなければ、利害調整の機能を果たすことができない、だからその適正性をチェックする会計監査が必要とされるのです。

ここで一点大事なことを強調しておきましょう。会計監査は経営者の会計報告が適正に行われていることをチェックする、すなわち会計報告の責任は経営者にある、ということです。

なぜ、会計報告の責任(会計責任)が経営者にあるかは、受託責任を負っているからとも説明できます。また、仮に会社の会計を外部に委託したとしても、経営者は会社の資源をコントロールできる立場にいるので、自分にとって都合の悪い情報を隠したり改ざんしたりすることができるでしょう。したがって、外部の主体が最終的な会計責任を負うことはできないのです。実際に会社の会計を外部の会計事務所等が請け負うことはよくありますが、会計責任はあくまで経営者にあるのです。

監査論において、会計における責任は経営者にあって監査人にはなく、監査における責任は監査人にあって経営者にはないとする、両者の責任を峻別する原則を二重責任の原則といい、最も重要な概念といっても過言ではありません。

しかし、このブログでなぜ会計責任が経営者にあることを強調したいかというと、そもそも情報というのは、情報の当事者以外にとっては基本的に伝聞に過ぎず、その信頼性は結局当事者に依拠している、ということを強調したいためです。

 

例えば、「信頼できる」大手新聞社が企業について記事を書くとき、売上高や資本金の情報を含めることや、決算発表そのものがニュースになることは多々あることですが、「信頼できる」ソースとして有価証券報告書の数字が引用されることになります。この数字は会社が報告、発表したものであって、その信頼性は一義的に会社が責任を負っているのです。そして会計監査は、監査手続きを通じてその信頼性を外部者の立場から保証しているのです。そうした「信頼できる」情報は、決して信頼できるメディアが保証しているわけではないことに留意しなければなりません。

 

もちろん、企業ニュースだけでなく、事件記事でどのような事件が起こり、そして容疑者として誰が逮捕されたなど、基本的にニュースは当事者-多くの場合行政機関-からの伝聞によっており、その当事者が当事者の発表に責任を負っているから信頼できる、という構造になっています。

 

次回は、会計監査はどのように情報の信頼性を検証するのか。ひいては、情報の信頼性とは何か、という点に触れていきます。

 

宜しくお願いします。

情報の本質とアサーション

メディア

皆さん、こんにちは。shchobertと申します。

ブログは初めてですが、ずっと書きたかったことがあり、またいつかは本にしたいという思いもあり、投稿を始めてみました。

私の簡単な自己紹介をすると、大学卒業後、大手の新聞社で記者として働き、その後メーカーに転職。さらに、そこから公認会計士試験の勉強を始めて合格し、現在は監査法人というところで働いています。監査法人はあまり馴染みがないかもしれません。会社のつくった財務諸表が適切に作られているか検査し、適正であるというお墨付きを与えることで、会社にとっては信頼性が向上し、また会社の債権者や投資家を保護するという役割を担っています。

 

このブログでは、私が経験してきたこと、学んできたことを通じて、メディアの情報を私なりに整理していきたいと思います。というのは、私が新聞社で働いている間、その報道のあり方について疑問に感じ、色々と問題意識を持っていたのですが、現在の専門分野である会計の考え方により、すごくすっきりと整理できることに気づいたからです。そして、私が感じてきた疑問は、おそらく皆さんの多くと共有できることであり、会計の考え方に基づいてメディアの情報を整理する方法は、多くの人が持つメディアに対するモヤモヤとした「なぜ?」に答えることができるものと思っております。

 

なぜ、会計の考え方がメディアの情報に関係あるのか疑問に思われるかもしれません。しかし、会計とは、正に企業活動の状態と成果を表す情報そのものであり、英語の「accountability」(説明責任)は「accounting」(会計)と同じaccount由来の言語であり、account 自体にも報告や根拠という意味があります。会計学はいかにして企業の実態を忠実に表すのか、という情報学として発展してきたのです。しかも、お金をめぐって投資家や債権者のために提供されるものなので、読み手が適切に読み取れるように工夫を重ねてきたのです。

 

そして、もう一つ。これから示していく整理法に基づいて、メディア自身が自ら提供する情報に、その情報の性質を表す記号(シグナル)をつけることを提案していきたいと思います。会計監査の場では、その情報が信頼できるという場合に、正確性、網羅性、期間帰属の適切性などと、情報の性質を細分化して検証を行っていきます。他方でメディアの情報を巡る議論は、いつの時代も信頼性を巡ってのものであるといっても過言ではありませんが、何が信頼性の要素であるのかが一向に明らかにされていません。だから、ネットより新聞の方が信頼できるといわれる一方で、新聞は記者クラブの発表やプレスリリースに頼りすぎだ―メディア界でこれ以上の信頼はないのです―といった意見が相対的にしか存在せず、結局私たちが接している情報がどのレベルで信頼できるのかが一向に明らかにされないのです。メディア自身が提供する情報に、何がどのレベルまで信頼できるのか、情報の性質を表すタグをつけていくことを提案していきたいと思います。

 

 さて、少し長くなりました。

 次回以降の投稿で、情報を整理するためのモデルを示し、随時具体的な事例を取り上げて、それらを整理していきたいと思います。

最近でいえばフェイスブック上の偽ニュース、DeNAのWELQ問題、少し前になりますが朝日新聞の一連の問題(従軍慰安婦問題、吉田調書問題)や、逮捕から45年を経て再審判決のでた袴田事件に対するメディアの扱い、ヒロインから一転して疑惑の人となった小保方晴子氏らのニュースに対する整理を行っていきたいと思います。

 

 それでは、宜しくお付き合いください。